わりとこうアムログ

宇多田ファンだけど結局安室ちゃんについて考えたり調べたりしたことを記録する羽目になった    「宇多田ファンによるアムログ」と同じ

安室ちゃんが引退してしまった。

ここ数週間はグッズや雑誌の整理をしていたけど、その時、「この情熱を仕事や恋愛に活かせればいいのに」と思ってしまった。
どんだけ時間とお金かけてんねん。30歳もそろそろ見えてきた今、これらを婚活やら自己啓発やらに向けていれば人生好転したんじゃない?という。

 

ただ、たかが趣味とはいえ、好きという気持ちだけでこれだけのエネルギーを注いた経験はすごく自分を変化させたとも思う。

 

唐突に自慢ですが、最近仕事で褒められたんですよね。
で、その力を身に着けられたのってアム活通してじゃない??と思い当たる節もある。

自分の10年間の生活を擁護・正当化するため、オタク活動を振り返ってみると、それなりにメリットもあった。

 

①物理的に行動量が増えた

・情報のインプット量が増えた
・物理的な行動量が増えた
 交通、土地勘、旅行のフットワーク
・コンサートは日時が先に決まっている→それに合わせていろいろ調整する能力

・特に最後の沖縄はリスクを取って行動する勇気が出た(まあそうせざるを得なかった運営の段取りには不満もあるけど)

→自分のキャパへ対する自信(?)がついた

 

② ①により感情と思考の種類が増えた
・よくJ-POPで「君が愛を教えてくれた」系の歌詞があるけどまさにアレ
・宗教心的なものが25th沖縄で開花した

・それにより表現したい、この感覚を人に伝えるにはどうしたらいいのかと考えることが増えた

・推しの人生について勝手に仮説(ストーリー)構築することが増えた(このブログやツイッターがまさに)

 ・好きなものが増えた(音楽はじめ花火やラジオも)

 

③自分の納得感を基準にして行動できる唯一の機会だった
・誰かとつるもうと思えばつるめるし、単独行動もできる
・発信しようと思えばできるし(時には反応が返ってくるし)したくなければしなくてもいい
・興味ないイベントは行かなくてもいい

 

など。

 

安室ちゃんを通して、脳内に新しい回路がたくさん作られたんじゃないかと感じる。その回路で感じたり考えたりするので、安室ちゃんは引退しても、影響を及ぼし続けると思う。それなりに前向きな影響を。 

義務感や向上心ですらなく、ひたすら好きという気持ちだけをエンジンにしてこれだけいろいろな回路を発掘できたんだからめちゃくちゃ幸せだと思う。

 

安室ちゃんと出会わなかった場合のIF人生とこの人生を比べることはできない。けど、
IF人生でもここまでハマれるかつ、いろいろな条件(公言しやすい、人間関係の比重がそこまで重くない、現場が多い、etc.)が揃った推しに出会えた可能性は低いだろう。

そう考えると、安室ファンになったこの世界線は、私が辿れる世界線の中ではかなり良い方の世界線だった。

 

 


私がこれらのことを考えてしまうのは、自分の10年間を正当化したいという他にもある気がしていて、、、

 私たちは、

「安室ちゃんのアーティスト活動は、「究極の音楽の追求」「死ぬまで歌とダンスを続けていたい」とかではなく、「ファンのみんなに楽しんでほしい」「一緒に楽しみたい」というわりと利他的な目的(?)で行われていた」

ということを、ここ1年間で知ったわけだ。


そんな安室ちゃんに「あなたたちの力になれましたか?」と問われたら、アンユばりにYES!と即答したいんですよね。
安室ちゃんの夢は叶っています!と答えることが、彼女への最大の餞な気がして。

 

きっと安室ちゃんが想定していなかったような部分でも、私の人生にプラスの影響を与えました、と伝えられたら、よかったのにな~~~(ファンレター出そうと思って出せなかったマンの泣き言)