わりとこうアムログ

宇多田ファンだけど結局安室ちゃんについて考えたり調べたりしたことを記録する羽目になった    「宇多田ファンによるアムログ」と同じ 推し引退後はミュージカルや映画・旅行の感想を書きがち。何でも書く。

まどかマギカ ワルプルギスの廻天 【ネタバレあり】初見感想

テレビ版を見たときに「これってつまり世界のシステムの話やん」、叛逆のときに「多層的」「構造がすごい」という感想を持ったんだけど。廻天は構造やシステムにばかり目がいくことへのある意味アンチテーゼだったのかもしれない。
鑑賞中は良いとも悪いとも言えないな~むしろ俺たちのすきな「構造」で魅せてくれよ!と思ったりした。というのも叛逆での謎解き(ほむらたちの世界が何なのか、QBたちが何をしていたのか、ほむらの検証によってだんだんわかっていく過程)ってめちゃくちゃワクワクしたのよね。シンプルに検証過程にロジカルな、ミステリ的面白さがあるし、あれ見るとほむらちゃん賢いな~ってのもわかるし、ループ中にマミや杏子たちに対してどんな思いを持っていたのかを垣間見れたりもしてほむらちゃんをすごいく掘り下げられたのよな。

廻天終盤では「個」「個人の気持ち」というわりとウェットな方向に振れて、あ、でもこれはまどマギというシリーズに足りなかったものだったのかもしれない、それを補いにいってるんだ、とも思った。 「名前をよんで」はまさに。(リリカルなのは好きとしても反応したポイント) そういえば、テレビ版最終話でのまどかの願いが「魔女を消す」だったから、初見のときに え、それって魔女(というかその前身の魔法少女)かわいそうじゃね?と一瞬感じたことを思い出した。
そういう、まどマギという物語そのものが持ってた特徴(弱点といえば弱点?でもまどマギを他作品と一線を 画す作品たらしめている凄い点)を回収してるのかもしれない、ワルプルギスは。

さやほむ共闘と、「あんたは悪魔なんだから貫けよ!」「円環の理をまどかって呼ぶな!」というくだりはしびれましたよ。
そうそう、さやかってメインキャラでもっともまどかと関係が深いよね。そこを取り上げられて嬉しかった。まどかという魔法少女とか抜きの人間としての優しさををいちばん知ってるのはさやかだよね。円環の鞄持ちでなく、まどかの親友としてのさやかが見られて良かった。 いや~さやかちゃんほんと良かった。さやかだってまどかのこと大切よね。

さやかちゃんと言えば「私たち何のために戦ってるの?」がまじで観客の気持ちすぎた。正直ついていけなかったのよあのへん。

構造と個、とはまたちがう話として「社会」も感じた。セルマみたいな極右(?)みたいなのと価値観がぶつかりあうのが。まどかを円環の理にしたい人、魔女にしたい人、普通の少女にしたい人といろいろいる。と書いてて思うんだけどいろいろ知った後のまどか自身は何を選ぶのかな。 あれ、ってか悪魔ほむら改変後世界では円環の理の機能は普通に機能してるってことでいいのかな?まどかの人間部分が切り離されただけで。

ナヅカソコツネの存在はちょっと舞台装置としてズルいっつうか、悪魔も神も認識できない宇宙の外側の存在なんて出してこられるのはちょっと興醒めだなとは思った。しかもそれ今後も使う気ですよね?
わしは正直今までと同じor地続きの要素だけで、ビックリな展開を作り出してほしかったんじゃ。なんだろうな、外敵がやってきて不都合なことを持ち込む、というよりは主役側キャラが良かれと思って(orそれしか選択肢がなくて)やったことに構造的弱点があって後悔が生まれる、 みたいなのがめっちゃ面白かったのよねまどマギって。 例:ほむらのループによってまどかが最強因果を持つようになる

まあこれは私がナヅカソコツネ関連への理解がまだ浅いというのもあるので、あと何回か見たら変わるかもしれない。

なんかいろいろ書いたけど、正直に言って叛逆を初めて見たときのわけわからんけどなんかすごい!という感覚は薄かったんですよね。まあ面白かったしさやかちゃん関連部分はよかったのはたしかなんだけど。いろいろ理解できたらおもしれ~ってなるかもしれない。けど今は前作ほどわくわくしてない・・・といいのが正直な感想です。とはいえあと何回かは見るつもりなので以下に注目して見ていきたいと思います。

  • 最初のソウルジェムを持たない魔法少女って結局何?
  • ラストは結局何がどうなった?(あれは叛逆と別の形の箱庭エンド?)
  • 中盤のナヅカソコツネ組の行動や何のための闘いだったのか

2026年フランス旅行⑥ 5月5日ストラスブール・コルマール・ケール

前回までのあらすじ

フランスに来ています。

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ストラスブールにいくよ

今日はストラスブールへ行きます。

ストラスブール(Strasbourg) はドイツとの国境に位置するライン川近くの街で、フランスとドイツの文化が混ざり合ってることでも有名です。町の名前の”bourg”(きっとドイツ語では”ブルグ”、しらんけど)がすでにドイツ語っぽさありますね。

ドイツ風の街並みとストラスブール大聖堂が有名ですね。

せっかくなので今回は国境を越えてドイツのケール(Kehl)にも足を伸ばしてみようと思います。

初TGV to ストラスブール

あらかじめ予約サイトで取ってあったチケットを片手に、TGVに乗るためにパリ東駅というターミナル駅に向かいます。 平日の朝7時ごろにパリ中心部に着きたい。通勤ラッシュがやばいか?と思ったが意外と大丈夫でした、地下鉄4号線。(早すぎて乗っていないのか、それとも結構車で通勤しているのだろうか)

パリ東駅に到着。

駅が簡素ですね。簡素というかシンプル。大きな空間がドーンとあってそこにすべてのホームが終結しています。

通路(線)で点をゴニョゴニョつなぐ日本の鉄道駅と空間の作り方がそもそも違うという感じがします。 私、上京してから10年たっても新宿駅でいまだ迷うのであのへんの鉄道会社各位は見習ってほしい・・・。梅田もまじでわかりません

各列車に乗り込む直前まで改札がなかったり、自分の列車がどのホームに来るのか現地の掲示板を見ないとわからないなど、鉄道のシステムがいろいろと違うので不安でしたが、30分前に着けば心の余裕があります。

Duolingoで覚えたクロワッサンの発音を駆使して朝食をゲット。(通じたのでヨシ)

昔の新幹線のグリーン車のごとく2階建てです。1等車を取ったけど2等車でも普通に快適そうだったのでそっちでよかったかも…。

2時間ちょいの乗車で到着。

ストラスブールの駅はこんな感じ。

ちょっと凝っていますね。 シンプルだけど大きい。

それなりに何か国か海外旅行していて思いますが駅にたくさん商業施設くっついてるのって日本だけでは?という気がします。日本の鉄道会社ってだいたい百貨店とか都市開発とかやってますもんね。そういう形態はウズベキスタンやモロッコなど新興国はもちろん、先進国でもイギリスやフランスでも見かけたことがないです。日本が少し特殊なんでしょうか。(観測範囲が狭いだけかもですが)

古のワイン貯蔵庫

ストラスブール到着後、ホテルに荷物を預けたら軽く街を散策。

Googleマップを眺めていたら見つけたのが 「Cave Historique des Hospices de Strasbourg」 フランス語は当然わからないけど、 「洞窟」、「歴史的」、「病院」、「ストラスブール」 か?

古いワインの貯蔵庫らしいのですが、本当に病院の敷地内にあり、ここで合ってる…?と不安になりながら向かいました。

ストラスブールはワインの流通で栄えた地ということでそこら中にワインのお店があるようですが、ここは本当に半端ない年代物のワインが保管されています。 ワインショップを兼ねているので入場無料。

翻訳するとこんな感じ。

なぜ病院にあるのか?というのは公式サイトで説明されていました。 https://www.vins-des-hospices-de-strasbourg.fr/en/cave/ 以下要約。


1. 歴史と背景

1395年に創設されたこのワインカーブは、巡礼者や貧困者に食事と避難所を提供していたストラスブール病院の自給自足を支えるためのものでした。当時は寄付などで得た農地からのワインや穀物がここに貯蔵されていました。しかし17世紀以降、医療技術の発展に伴って患者やスタッフへのワインの配給は減少し、次第に病院が自らワインを生産することはなくなっていきました。

2. 衰退からの復活

1994年頃には樽が腐敗・乾燥し、カーブは存続の危機に瀕しました。しかし1995年以降、経営方針の見直しやガイドツアーによる活性化が行われました。さらに1996年の創立600周年を機に、アルザス地方のワイン醸造家たちが樽を修復し、再びこの場所でワインの熟成を行うというプロジェクトを立ち上げ、見事に復活を遂げました。

3. 現在の役割

現在、約30のアルザスワイン生産者からなる協会が、それぞれの畑で採れたワインをこのカーブに持ち込んでいます。厳格なブラインドテイスティングで選ばれた最高品質のアルザスワイン(グラン・クリュを含む)のみが、専門家の管理のもと、1200㎡の美しいアーチ型地下室の歴史的なオーク樽で熟成され、現地で瓶詰めされています。

4. 樽に保存されている「世界最古のワイン」

カーブ内には1472年、1519年、1525年の歴史的な樽が保管されています。その中でも1472年の樽には、「樽の中で保存されている世界最古のワイン」が350リットル残っています。この伝説的なワインは500年以上の歴史の中で、以下の3回しか振る舞われていません。

  • 1576年:スイスのチューリッヒからの援助への感謝として
  • 1718年:火災後の本館再建の際
  • 1944年:ストラスブールを解放したルクレール将軍に対して

1994年の科学的調査でも、バニラやハチミツ、スパイスなどの複雑な香りを持ち、現在でも立派な「ワイン」であることが証明されています。

まとめ

ストラスブール施療院のワインカーブは、単なる歴史的建造物ではなく、現在もアルザスワインの伝統と技術、品質を守り伝える「生きた貯蔵庫」として機能している魅力的な場所です。


ワインが生活必需品に近いポジションにいるというところにやはり日本との違いを感じますね。 キリスト教の影響なのか、産地ゆえか。 あんまり酔っぱらったりしないのでしょうねえ

ということでとんでもなく大きいワイン樽がずらっと並んでいます。(入場無料)

比較的新しいものもありますが 厳重に保管されていたたぶんめちゃくちゃ古いワイン。たしかこれが1472年のワインだったような。

その他500年物ワイン(パワーワード)らしきもの。

ワインショップももちろんあり、買おうか結構真剣に迷ったのですが、やはり持ち帰りが大変そうということで今回はあきらめました。

ツアーで来ていたっぽい欧米人の団体は私たちの入れないエリアなどに入っていたように見えました。 街の中心部から遠くもなくフラッと来れましたが、ワイン好きの方などががっつり楽しむには何らかの事前準備があるとよいのかもしれません。

ちらりストラスブール大聖堂

そんな感じで街をふらふらしていたら見えるストラスブール大聖堂。

いやおかしいだろうその凹凸の多さは。たまらん。 明日はちゃんと訪問するとして、今日のところはまずコルマールに向かいます。

コルマール

ストラスブールから電車で30分ほどいったところにコルマールという街があります。

かわいい街並みで人気、+こちらもワインの産地として有名だそうでブドウ畑をたくさん擁する地域です。 駅にレンタサイクルがあるのでブドウ畑を眺めながらサイクリングも楽しそうだったのですが、雨が降りそうな空模様だったのでやめておきました。

王道のかわいい街並み散歩をします。

Petit Venice(プチ・ヴェニス)として有名なコルマール。駅から10~15分ほど歩くとこのような街並みが現れます。

家が確かにドイツっぽくてかわいい。 こういう木組みと漆喰の家は、パリでみた石造りのものとは明らかに違いますね。「コロンバージュ」というそうです。

しかし不思議なのが家のくっつき具合。

家と家の境目がよくわからない…

ハウルの動く家のモデルと言われている建物もあります。

ハウルの動く城は、この建物自体もモデルなのでしょうが、上記のような家と家がくっつきまくっているところにもインスピレーションを受けてるんじゃないか?と思ったりします。

けっこういかつい感じの壁画

この建物(メゾン・プフィスタ)の建設、持ち主の変遷、そして修復の歴史が時系列で記録されています。

  • 1537年: L. シュレール(L. Scherer)によって建設される。
  • 1577年: クラウス・ザットマン(Claus Sattmann)の命により、絵が描かれ、改修される(※建物外壁の見事なフレスコ画のことです)。
  • 1618年: クラウディウス・シソン(Claudius Sison)によって改修される。
  • 1793年: クリスチャン・ハウスマン(Christian Haussmann)から取得される。
  • 1840年: F.X. プフィスタ(F.X. Pfister)によって取得および改修される(※現在の建物の名前の由来となった人物です)。
  • 1892年: ヴィクトール・ジュドラン(Victor Judlin)によって取得され、1909年に改修される。
  • 1971年: 彼の孫であるジョルジュ・バウアー(Georges Bauer)と、歴史的建造物保護局によって修復される。

家をよく見てみると漆喰の塗り後に手作業の跡、生々しさもありますね。メンテナンス大変なんだろうな・・・

こういう看板、フリーレンなどに出てきそうでよい。 こう言ったら安っぽくなりそうなのですが、いわゆる「ナーロッパ」の世界観もこれか…?

ちょっと理解できない色彩感覚のお菓子が並びます。赤はともかく、何味なんや青は

コルマールにも大聖堂があります。

ストラスブール大聖堂に近い色の岩でできていますね。

アルザス地方で採れやすい石材なのかもしれません。

ドイツ・ケールへ

コルマールの街歩きは2~3時間ほどで終わり、国境を渡ってみたい!ということでライン川を渡りドイツ側に行きました。

記憶があいまいで自信がないのですが、たしかコルマール(orストラスブール)からザルツブルグ行の電車に乗ってケールで降りたような気がします。

駅を降りるとこんな感じ。

観光地ではないのでそりゃそうなのですが、何だこの色気のなさ(笑) 日本の風景だと言われても信じるかもしれない。さっきまでおとぎの国みたいな街だったのに… ドイツっぽくていいね

ドイツ語!

住宅街っぽいところを歩いていくと、お目当てのドイツ料理屋さんがありました。

フランス側から来た似たような観光客だと思いますが、韓国?中国?ぽいグループもいました。

さすがにドイツに来たらビールを飲まざるを得ない。

食事はやはり量が多く2人ではそこまで多く頼めませんでしたが、おいしかったです。 陽気なメタラーみたいな店員さんがよかった。

てくてく歩いてストラスブールに戻ります。

歩く過程にあるこういうごくごく普通の建物は日本人から見てもなじみのある形ですが、カラーリングなどにそこはかとなくドイツ工業デザインみを感じたり。(LAMY Safari愛用者より)

やっぱりこういう歩道の舗装とかが日本に似てると感じます。フランスにはこういう感じはなかった気が。

ライン川を渡ります。

普通の橋。

振り返るとこう。(普通)

橋を渡って少し歩いたところにストラスブールのトラムの駅があったのでそれで中心地まで戻り、この日は就寝。

移動しまくった日ですが、海外での移動もまた観光の一つだと思えるタイプなので楽しかったです。

明日はストラスブール内の観光です。

2026年フランス旅行⑤ 5月4日パリ観光 ゴシックがゴテゴテ・パリエトPassageなど

前回までのあらすじ

フランスを旅行中です。

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土砂降りのパリですが、がんばって観光します。今回は

  • ノートルダム大聖堂
  • コンシェルジュリー
  • パッサージュ

に主に行きました。

ノートルダム大聖堂

先日、外観を見てゴテゴテ加減がたまらん・・・となったノートルダム、その日は混みすぎてて入るのを断念したので改めて入ってみることにしました。

やっぱりこういう 趣味の悪さ()がゴシック建築感マシマシでたまりません。雨樋を嘔吐で表現すな。

足し算しか知らない過剰装飾。うーーん


イイ・・・

なおこのゴテゴテ加減もストラスブール大聖堂に比べたらかわいいもんだということを2日後に思い知ることになります。

話は反れますが「ゴート」と「ゴテゴテ」って語感が似てて、gやtの音から受けるあまりスッキリしてない印象って万国共通なのかなと思いました。 ※"Gothic"は"(野蛮な)ゴート人風の"、という蔑称から来た名称

というのは置いておいて、中に入ります。

中は案外すっきりしてるんですよね。 梁の感じはやはりゴシック。

梁・柱で巨大な建築を造れるようになったことでステンドグラスが発達した(その前は壁で支えていたので窓を作る余裕がなかった)ということで、その恩恵たるバラ窓を見上げます。

やっぱり青の光って静謐な気持ちになりますね。

12世紀から建設が始まり、1482年当時には現在に近い姿で完成していたということです。
昨日のルーヴルで見たように絵画が停滞していた中世、建築ではこのレベルのものができていたというのはリソースの投下具合の偏りがすごくて面白いかも。

ステンドグラスを眺めながら回廊をぐるっと回ります。

このように、何かの物語を一場面を表しているのであろう具体的な絵もあれば、

幾何学模様もあります。

(そこの窓開けられるんだ・・・)

先日の火災の修復工事の様子もちらり。

面白かったのは主祭壇?の周りのエリアにあるこの木造の彫刻群。 祭壇に向かって右側・左側両方にそれぞれこのような壁があります。
片方がキリストの誕生~磔刑まで、もう片方が復活以降、だったでしょうか。

こんな感じで解説版があるので読めば何がどの場面かがわかるようになっています。(ピンボケ乙)
これ東方三博士かな~のように私でもいくつかの場面はわかったので、クリスチャンや詳しい方は読まなくても大方わかるかもしれません。

例えばこれはキリスト復活後、磔刑の傷を見てマジであんたキリストだ!とわかってもらう場面(うろ覚え)。 窓からのぞいているおじさんたちがかわいい。弟子でしょうか。

この彫刻たちは14世紀ごろの作品だそうですが、

この人間らしい彫刻と 昨日のルーブル で見た金色のっぺり絵画が同時代なのが信じられない・・・。


15世紀のこれ↑より明らかにレベルが高い気がするのですが…。

絵画より彫刻や建築など立体的なものの方が重視された時代なのかもしれません。 (改めてジョットってすごい)

ちなみにこの彫刻は文字の読めない人々に聖書の物語を広めるのに役立ったそう。ステンドグラスもそうでしょうね。

ゴシック建築、ゴテゴテしているのもアホのデカさもステンドグラスの荘厳さも、すべてキリストの威光を民衆に知らしめるためということでまじそのエネルギー宗教以外にも使えよという気持ちになってしまいます。

というのをGeminiに言ってみたら以下の回答。

た、たしかに・・・

目的は置いといて、とにかく人類未踏の領域に行きたいというのは現代の基礎科学なども同じっちゃ同じ精神なのでバカにしてはいけない。

避難

大聖堂を出た後は、土砂降りだったのでとにかく適当なカフェに入る。

雨宿りで入った店の名前がSOLEIL(太陽)なのは偶然。

コンシェルジュリー

雨が落ち着いて・・・はなかったのですが、おなじくシテ島内のコンシェルジュリーに行ってみました。 予約なしでも意外と行けました。

ここは14世紀ごろの王宮でしたが、王朝に放棄された後は牢獄として使われ、フランス革命後に革命派の政敵やそしてマリーアントワネットが投獄されました。現在は司法宮の一部として使われているそう。

このようにガランとしたスペースから見学コースが始まるのですが、ARを駆使したタブレットでのガイドツアーが結構凝っていて一興でした。写真を撮っていなかったのが惜しい。

たとえば上の写真のようなスペースで、王宮だった時代には他国の王を招いた晩餐会が行われたりもしたらしいのですが、その様子を現実+タブレット内のAR映像で再現してくれます。
料理や食器、お付きの者の役割、厨房のつくりなども実際の部屋と絡めながら詳しく解説されてなかなか見ごたえがありました。衣装とか、そこはかとなくディズニーの「眠れる森の美女」っぽかったですが時代が近いのでしょうか。 (→と思って調べてみたら「眠れる森の美女」が14世紀フランスとのことでおそらく合ってる)

というように序盤は王宮だった時代の使われ方が展示のメインですが、後半ではやはりフランス革命以後の監獄としての役割にフォーカスが当たります。

こう見るとやはり監獄っぽいですね。

フランス革命の説明から始まり、マリーアントワネットがコンシェルジュリーから出発してコンコルド広場に移動し、ギロチンにかけられるまでのかなり具体的な様子も描かれています。
これはアントワネット好きが見たら結構クるものがあると思います。

彼女が死の直前まで使っていた身の回り品も展示されています。 解説も英語のものを斜め読みでしたが、アントワネットが落とされすぎることもない(むしろ気高さを称えるような)解説でなんとなく良かったです。

ロベスピエールの紹介もありました。ロベスピエールってめちゃくちゃ聞き覚えあるけど誰だっけ・・・?と考えていたら、ミュージカル「1789」に出てくる悪そうな男性ですね。美弥るりか様がやってたやつ・・・ ←記憶違いでした。ロベスピエールは珠城りょうがやっててもうちょっと好青年っぽいキャラ。美弥るりか様の悪役っぷりと史実のロベスピエールの苛烈さが重なって勘違い・・・

ロベスピエールはフランス革命を主要人物の一人として導きますが、その後「反革命」と見なした人を次々投獄・処刑していき、最終的にはクーデターをされ自分が処刑される、という凄まじい闇堕ち運命を辿りました。 (たまたま旅行前にフランス史の本を読んでいたから解説の大筋が分かったけど、そうでなかったら誰???のままだったかも汗)

フランスの歴史のいちばんすごいところは素人目にやはりフランス革命だと思いますが、その歴史が刻まれていた建物が残されているのがやはりすごい都市だなと思います。都市としての資産が強すぎる。

レミゼ・・・は時代が少し下るのでちょっと違いますが、1789しかりベルばらしかり、ミュージカル好きの方は来るといいかもしれません。

ランチ 

フランスといえば?のウフ・マヨ

オニオンスープ

白身魚のソテー

ボン・マルシェ

有名百貨店のボンマルシェでおみやげを購入。 最近は抹茶がヨーロッパで大流行してるらしく、ここのデパ地下にもたくさんありました。 買おうかと思いましたが抹茶を日本に持ち帰るのになんか無意味さを感じとりあえず KUSMI TEAとおいしそうなマドレーヌを購入。

あと素敵だったのがテニスの全仏オープンの絵ハガキ。

数十年分のポスターの絵ハガキが売られていました。

パリエトのパッサージュ

またもやパリエトの聖地探訪(大好きやんけ)ということで、フジコの叔父さんのお店がある場所のモデルのパッサージュへ。 公式サイトで聖地を紹介してくれているのありがたい。

そうこれこれ。

ここ、映画と微妙に構造違うけどフジコが駆けていく階段ですよね。

パリジャンが集うというよりは観光客向けのお店が多かったです。

古書や古い絵・イラスト・写真を売っているお店がいくつかあって見ているだけで楽しかったです。 先日行ったデロールとかが好きな人は好きかもしれないです。

お金を落とさねばということで AIR FRANCE の JAPON ポスターを購入。(約25€)

(額縁買え

今回は日仏のご縁を示すこのポスターを買ったわけですが、見た中ですごくかっこよかったのがTWAというアメリカの航空会社のポスター。

こんな感じでめちゃくちゃスタイリッシュなんですよね。 かっこいい!と思ったのですがフランス旅行に関係なさすぎる()と思ってやめてしまいました。でも買っておけばよかったかも。 調べてみると、ヴィンテージポスターショップだと結構売られている人気の品みたいです。

うますぎるトリュフパスタ

夕飯はパリ市内のOBER MAMMA というイタリアンへ。たまたま先行してパリ旅行をしていた職場の人がオススメしてくれた店。 予約推奨!

他の料理ももちろんとってもおいしかったのですがこのトリュフパスタがまあおいしくておいしくて

フランスは全体的に食事のレベルが高かったですがこの旅行通じてのダントツベストごはんでした。 このおいしさをもう一度味わいたくて後日ほかの店でトリュフパスタを頼んでみたりしたのですが、このお店の味がレべチすぎて・・・。

あとなんか店員のおねえさんがあんまり英語できなくて、頼んだつもりのないティラミスが出てきたりしましたがまあご愛嬌。 フランス人ってアジア人のことは基本見下してるんだろうな~などとうがった見方をしていますが、ここに限らず飲食店のスタッフさんは皆さん感じのよい方。(移民の方が多い気もする)

おやつなんて入る隙のないほどごはんが充実しまくっていた一日でした。

明日はパリを発ち、ドイツとの国境の街ストラスブールに行きます。

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2026年フランス旅行④ 5月3日 ルーヴル美術館で美術史体感祭り

前回のあらすじ

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ルーヴル美術館

この日はルーヴルへ。

ルーヴルも以前来たことがありますが、今回は視点を変えて回ってみようと思い、あらかじめルートを考えておきました。

ルーヴルの特徴

  • 膨大なコレクション数
  • ジャンル・時代が幅広く、西洋の美術ならかなり幅広く扱っている
  • 印象派など新しい作品はあまり収蔵されていない

を踏まえ、1点1点のじっくり見るのではなく「西洋美術史をざっくりと体感する」という方針にしたのです。

特に、

  • カトリックの価値感に支配された中世
  • →そこから抜け出したルネサンス
  • さらにはロマン主義のような人間の感情を揺さぶる絵画

への移り変わりを見て人類の進歩を肌で感じたい!と思い、以下のルートをAIに出してもらいました。

AIのかんがえたさいきょうのルーヴル鑑賞ルート

知性と情熱の全行程ルート(5/3 9:30〜)

ステップ 時代・様式 展示エリア 主な見どころ この時代の「視点」
1 古代 シュリー/ドゥノン 0階 ミロのヴィーナス 【肉体の賛歌】 人間をありのままに美しく描く(最初の全盛期)。
2 中世(封印) シュリー 1階 チマブーエ、ジョット 【神の秩序】 現実を捨て、黄金の背景に信仰を記号化する。
3 15-16c(脱出) リシュリュー 2階、ドゥノン 1階 ファン・エイクダ・ヴィンチ 【知性の奪還】 細密描写と科学的観察で、人間世界へ回帰。
4 17-18c(転換) リシュリュー 2階、シュリー 2階 フェルメールワトー 【光と影のドラマ】 宗教から離れ、日常や科学、享楽を描く。
5 19c(熱狂) ドゥノン 1階(赤の間) ドラクロワジェリコー 【情熱の爆発】 理性すら超え、個人の感情や社会の激動を描く。

ルーヴルを歩くための「歴史の地図」

  1. 古代彫刻(0階)で「人間の美しさ」を脳に焼き付ける。
  2. 中世絵画(シュリー 1階)で「金色の平面」に圧倒される(あえて退屈や不気味さを感じてみてください)。
  3. 北方の細密画(リシュリュー 2階)で、窓の外の景色(現実)が戻ってきたことに感動する。
  4. ルネサンス〜ロマン主義(ドゥノン 1階)で、人間が主役となった世界の輝きと凄惨さを体感する。

Dr.Stone(最近ハマっている)にも通じる、人類の積み重ねを実感できそうなルートでいいんじゃないでしょうか。

現地に来てみると 相変わらずアホのデカさすぎて回り切れるのかなあという感じなんですが、レッツゴー

【紀元前】 西洋美術のはじまり ギリシャ・ローマ

ギリシャ神話の登場人物をひたすらマッチョ・美女で再現するギリシャのコーナー。 このようなTHEギリシャ彫刻がウン十体、下手したら100体とか並べてあります。

やっぱりこういうのを見るとどれだけ美しい肉体を表せるかに心血を注いでいたんだろうなと思います。

このおじさんの像を作った人、何らかのヘキを持っていそう・・・

筋肉ってこんなところも隆起するんだという発見。

【~西暦1000年】 宗教画パート:ない

上記の「さいきょうのルート」では「紀元前ギリシャ」の次がいきなり「中世(1300~1400年代)」になっているのですが、この間の1000年間どこいった?!という感じですよね。
実はこの辺の時代の作品はルーヴルにはあんまりないです。

これだけ巨大な美術館でどういうこと?という感じなのですが、多分(素人わたくしの推測)、この時代は教会の壁画(フラスコ画とかテンペラ画とかモザイクとか…)がメインで、美術館に収容できない作品が多かったからではないでしょうか。

その辺りのミッシングリンクは偶然にも去年(2025年)行ったイスタンブール・アヤソフィアで自分は垣間見ることができていました。 アヤソフィア訪問記事

アヤソフィア・6世紀ごろのフラスコ?画

アヤソフィア・モザイク画。

旅と旅がつながって(※無理やりつなげた)快感。

【13~15世紀】宗教画パート

ルーヴルに戻って中世のパートです。

チマブーエ 『荘厳の聖母(Maestà)』  1280年

ジョット 『聖母子と聖人たちの三連祭壇画』  1320年ごろ

こんな感じの絵が現れ、

あれ?中世にしては意外とリアルだな・・・

などと戸惑ってしまいました。

全然わかっていなかったのですが、これが初期ルネサンスともいわれる チマブーエジョットー だそう。

Gemini先生による解説:

  • チマブーエ

    • ビザンティン様式の影響: 金色の背景や平面的で様式化された表現は、中世の伝統的な技法を反映しています。
    • ルネサンスへの先駆け: 聖母の表情や衣のひだの表現にわずかな立体感が見られ、後のジョットらによるルネサンス絵画の写実主義へとつながる重要な過渡期の作品とされています。
  • ジョット

    • 様式の特徴: 金箔を贅沢に使った背景(金地背景)は中世の伝統を受け継いでいますが、衣服のひだや、玉座の奥行き、人物の配置に、ジョット特有の空間的な広がりや立体感(写実主義の芽生え)が表現されています。

たしかに、チマブーエ→ジョットとリアルさが増しているのがわかります。 金色背景=のっぺりシュール絵画 だと思っていたので、その中でもこのようにルネサンスに向かってのグラデーションがあるのが新発見でした。

その付近で、ジョットより少し新しい時代の絵画も飾ってありました。

フィレンツェの牢獄から貧者を解放する福者ラニエリ:1440年頃

(このおじさん何) (解説を読むと雲から現れるタイプの聖人(??? うろ覚え)だそう。インチキおじさん登場!にしか見えない)

聖ジェロームの夢:1444年

などもあり、これらはジョットより新しい時代なのですが、個人的にはジョットよりプリミティブに感じてしまいました。 いわゆる「中世」ののっぺりした、ヘンテコなパースの、リアルではない金色の絵・・・というのはこっちの方がイメージが近かったです。 パースがヘンテコだけどそもそも遠近法にチャレンジしている分、こちらの方が新しいということかな。

と、時代の前後がわからなくなりそうなのですが、それだけジョットの人物描写が凄すぎるということかもしれません。

しかし、この1450年代前後のレベルから60年後に

このレベルの絵画が出てくるのすごすぎんか。(これはダヴィンチの描いた洗礼者ヨハネ・1513~1516年ごろ)(スフマートによるぼかし・・・ではなく普通にピンボケしている)

素人が思ういわゆるメッチャうまい絵ってやはりこういうやつですよね。この時代でもう写実性という意味での技術レベルは最高点に達してしまっているというか。肌の質感とか表情とかすごすぎる。 この後観にいくヤンファンエイクでもうこれ以上写実的にできないよ!ってレベルまでいきますよね。

たしかにジョットとかは結構写実的・人間的であったとはいえ、このわずかな期間にこのレベルアップはなんか飛躍しすぎているというか、もうワンステップ挟んでもよかったんじゃ???などと思ってしまいます。中間の1480年ごろの絵画を見てみたい。

(→1480年代のヨーロッパ絵画を調べてみたらボッティチェリの「春」や「ヴィーナスの誕生」が該当するそう(ルーヴルでは見かけず)。確かに、中間っぽいかも…?)

時代順に追ってみることでなるほどルネッサンスがいかに飛びぬけていたのかがわかります。歴史の授業でルネッサンスはとにかく凄かったとは習いますが、実感として感じられるのはよい体験でした。

ところで洗礼者ヨハネって

人差し指を上に向けたポーズしがちですね。あと野生児設定のわりにやけに美青年。
神の子イエスに洗礼を授けるくらいだから、徳を積みまくったダンブルドア的なおじいさんなんだろうと想像していたのですが。

( →これも調べてみると、ダヴィンチ以前はやはり老人として描かれることが多かったそう。若々しく描かれるようになったのは、やはりどうせ描くなら(観るなら)美形がいいよね~的な俗な欲求由来なんでしょうか。ルネッサンスってそういうこと(カトリックのガチガチなルールからの解放)ですよね?しらんけど。)

このポーズは調べてみるとヨハネのお決まりのポーズで「私などではなくこの後来るもっとえらい人(イエス)の声を聴きなさい」的な意味なんだそう。
アトリビュート(聖人や神話のキャラのお決まりの持ち物)は聞いたことありますが、ポーズでもそういうお決まりがあるのですね。

ちなみにモナリザは混んでいたのでスルーしました。

【15世紀・北方】 レベチすぎるヤンファンエイク

ルネッサンスで技術が最高到達点に・・・などといったのですが、ネーデルランドの雄 ヤン・ファン・エイク がイタリア勢より前に写実の極みに達していた件。 ※ルーヴルではざっくり地域ごとに展示エリアが分かれているため、北方絵画はイタリアルネサンスと離れたエリアに展示されている

宰相ロランの聖母

おじさんの肌なんぞそんなにちゃんと描かんでも・・・と思ってしまうくらい写実的に描いています。というかおじさんの肌とかの方が若者ののっぺりした肌より描きごたえあるのかもしれません。
現代の漫画家でもおじさんキャラを描くの楽しいんやろうなこの人…みたいな人いますよね

細密さを偏執的に追い求めている感じでなんか好きなんですよねヤンファンエイク。 細部の描きこみを見ていると、大友克洋とか鳥山明の絵の描きこみの凄さを見ているような、ディズニーリゾートでこんなところまで作りこんでるの?!と気づいたときのような感動があります。

宝石の粒もすごい描きこみ。

ドアップで見たい、超細密画。

ロンドンのナショナルギャラリーでアルなんとか夫婦の結婚の絵(どうしても名前を覚えられない)を見たときも感動しました。

【16~17世紀】スペイン バロック

エル・グレコ。陰というか、線が太い?という感じがします。

一面の壁にスペインバロックが飾られていましたが、全体的にスペインはなんか黒く、なんか悲壮的な絵画が多いような印象を受けました。

現代スペインの陽気なイメージとは真逆なのですが、カラヴァッジョやベラスケスがこの時代のスペインの画家だと思うとたしかに・・・という感じです。

そういえばゴヤもスペインでしたかね。

ゴヤの肉の絵 いつか「わが子を食らうサトゥルヌス」を観てみたい。

【18世紀】 なんらかのヘキを感じる新古典主義

時代が下って続くのは18世紀前後の新古典主義のエリアになります。

この部屋なんか…

なんかこういう蠱惑的な絵画多くないですか? 男性ですらシナを作っているというかむしろ男体の方がエロく描いてるまである。

1791年 ジロデ 「エンデュミオンの眠り」

とかはもうすけべな眼で描いてるの確定では?エロだろこれは

同じような裸体でもグランド・オダリスク

なんかは純粋に造形美という感じがするのですが。官能性もあるにせよ。

やはり受動的・受けっぽいか否かの違いですよね。 安室奈美恵が露出高い衣装を着てても媚態を感じさせないのと同じ。(突然のアムラー)

紀元前ギリシャパートでも何らかのヘキを感じる男性彫刻がありましたが、肉体美へのメロつきに立ち戻るということでなるほど新古典主義とはよく言ったものです。

【19世紀】 ロマン主義

そろそろ終盤。ヒューマニズムが高まったロマン主義を見に行きます。

メデューサ号の筏(1819年 ジェリコー)

技術的にいくとこまでいったルネサンスからさらに進み、画題がやっとこさ俗世界・現実社会と接続されてくるのが個人的にはアツいです。 これまでの時代の肖像画も現実世界っちゃ現実世界ですが、やはりこれに比べるとヌルい感じがします

自由を導く民衆の女神(ドラクロワ 1830年) ミュージカル好きは何かと縁が深いフランスの革命。

おまけ:オランダなど

以下、「さいきょうの鑑賞ルート」からは外れるのですがちょこちょこ気になったもの。

17世紀オランダ・静物画

静物画が出てくるといよいよ近代に近づいてきた感じがします。

人物画だと「その人物を称える(もしくは貶める)」という何らかの評価の視線が意図せずとも含まれるのでしょうが、こと静物画では「このリンゴのおいしさを描こう」みたいなストーリーがあるわけもなく(たぶん)、構図・塗りなど描き方の追求になってくるのが芸術純度高いな~と思います。基礎研究みたいな(?)

フェルメール

同じくオランダの絵画で、ご存じフェルメール。

「天文学者」 意外と小さいです。 窓から採光する構図はフェルメールでよくあるパターンですね。

このあたりの布の質感、陰影が個人的に好きです。

推し

推し?のデカルトの肖像がもありました。 (倫理の教科書で習って以来、「われ思う故にわれ在り」の概念が好き)

あとこのいかさま師のやつ。「怖い絵」で死ぬほど読んだやつ~


という感じで10時頃から鑑賞し始めて、気合入れてメインどころのエリアを巡ったらランチを挟んであっという間に閉館時間になってしまいました。終盤はもう早歩きです。

改めてこのルートを振り返ってみると、

ステップ 時代・様式 展示エリア 主な見どころ この時代の「視点」
1 古代 シュリー/ドゥノン 0階 ミロのヴィーナス 【肉体の賛歌】 人間をありのままに美しく描く(最初の全盛期)。
2 中世(封印) シュリー 1階 チマブーエ、ジョット 【神の秩序】 現実を捨て、黄金の背景に信仰を記号化する。
3 15-16c(脱出) リシュリュー 2階、ドゥノン 1階 ファン・エイクダ・ヴィンチ 【知性の奪還】 細密描写と科学的観察で、人間世界へ回帰。
4 17-18c(転換) リシュリュー 2階、シュリー 2階 フェルメールワトー 【光と影のドラマ】 宗教から離れ、日常や科学、享楽を描く。
5 19c(熱狂) ドゥノン 1階(赤の間) ドラクロワジェリコー 【情熱の爆発】 理性すら超え、個人の感情や社会の激動を描く。

しっかりルートの醍醐味を味わえたのではないでしょうか。

ルネサンス時代で写実性が飽和しちゃったというのが、後に印象派が生まれる遠因のひとつだったのかもな~ などと思えて、この後に続く近代の美術へのつながりがぼんやり見えたりもします。

あとカトリック教会が存在していなければ、中世の1000年間にヨーロッパはどれだけ発展していた(もしくはしていなかった)のだろう・・・と思いを馳せてしまいます。キリスト教の影響があまりにも大きすぎる。

ただ、この後の大聖堂巡りでわかるのですがこの1000年間には建築は発展してるので、このときは絵画のターンじゃなかったのかもしれませんね。

朝から夜まで美術鑑賞した後は、友人家族と夕飯。(本当に滞在中お世話になりっぱなし) やはりこのレベルのごはんがわりと当たり前に出てくるのがすごい、フランス。高いけど。

翌日はまたパリ市街観光です。

2026年フランス旅行③ 5月2日 オランジュリー・デロール

パリ観光2日目です。

1日目はこちら:

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オランジュリー美術館 ルソー展

オルセーにも行きたかったのですが、メーデーや定休日や無料開放日などが重なってチケットがSOLD OUTしてしまいました。泣く泣くオランジュリーのみに。

オランジュリー美術館は時間指定で予約するシステムですが、いざ現地の時間指定列に並んでみるとかなり進みが遅く…。
友人がCARTE BRANC?なるパリの美術館の年パスを持っており、その恩恵にあずかる形でいろいろすっ飛ばして入館させてもらえました。この年パス強すぎる。聞 くとルーヴルなどの主要美術館に入れるらしくしかも今回のように列をスキップできる(こともある)とか。
数回でペイできる価格だった記憶なので、パリに長期滞在して何回か美術館に行く人は買ってもいいかもしれません。(詳しくは調べてね)

入場口に向かう際にはコンコルド広場が見えます。
マリーアントワネットが断頭台で処刑された場所であり、あとパリエトで(略)。

入場後少しだけ奥に進むと、いわずとしれたモネの睡蓮があります。
8枚程度飾ってありますが、個人的に一番好きなのはこれかな。
水面に反射していると思われる雲のボリューム感が好きです。

部屋の曲面に沿って描かれた絵のように見えますが、この建物ありきで作られた作品なのかしら?

と思ったらやはりそのようですね。 オランジュリー美術館公式HP(英語)

天井から入る日光を布で柔らかく調整していたりと、光の入り方もこの作品の構成要素の一つという気がします。

まあ、これも学生時代に見に来たことがあるのですが…(笑) でも大人になってからの方が美術に関心が高くなったので当時よりしっかりと鑑賞できました。

と、やっぱりモネはマストなのですが、私的今回のメインはこちら。

アンリ・ルソーです。

自分が美術に関心を持つきっかけの一つに原田マハの「楽園のカンヴァス」があったということもあり、いまオランジュリーで開催されているルソー展を楽しみにしていたのです。

この自画像を見ながら友人とヤイヤイ話していたのですが、素朴でかわいすぎる(笑)

後ろにいる2人組が小さすぎて遠近感がめちゃくちゃだし、 この旗の不自然なのっぺり感

とか最高ですね。下手…と言われていたのもぶっちゃけわかる。

ピカソやモディリアーニの作品もオランジュリー内に展示されているのですが、彼らの絵はたとえ遠近感などが不思議なバランスだったとしても「上手な人があえてラフに描いている」というのがなんとなく素人目にもわかります。
が、ことルソーに関してはそのあえて感が感じられないのが愛おしい・・・

でも、この自画像がパレットを持った THE 画家!というポーズで描かれていることからするに、
彼の自意識はやはり画家以外の何物でもなかったのでしょう。

展覧会としては、まあ王道にルソーの作品を時系列に追っていく形で展開されていました。

ちょくちょく肖像画なども描きつつ、評価され始めたのはやはりジャングルを描き始めてから。

なぜか葉っぱを描きたかったことがよくわかります。

葉っぱのこののっぺり感に先ほどの旗に通じるものが・・・(笑)

自分がもっとも目を奪われたのは「蛇使いの女」。

絵の前に立つと、笛を吹くこの女性の目から目が離せなくなってしまいました。

ジャングルのじめっとした空気と鳥の声、葉のさざめく音、笛の音、蛇の蠢く音、描かれていない虫の声すら聞こえてきて、なぜか聴覚に訴えかけてくる絵のように感じます。

彼の時代にパリおよびヨーロッパで巻き起こっていた、ヨーロッパでない世界への関心が彼にエキゾチックなジャングルの光景を描かせたのかもしれません。
万博しかり、博物学しかり。パリに自然史博物館や植物園があることも無関係ではないでしょう。

ただ、この関心の基盤に、植民地主義的な当時の意識もあるのかな?ということも感じます。

ディズニーシー的というか、「エキゾチック」な世界を人格のある人間がいる世界ではなくヨーロッパ人からの鑑賞対象として捉えているような。
森に住む裸の女性が蛇を操るという時点でかなりステレオタイプなようにも感じます。

ゴーギャンも非ヨーロッパに興味を持っていましたが、実際にタヒチに赴いたゴーギャンに比べルソーはやはりそういうところも含めてナイーヴ・無知と言いますか。
ルソーがどうこうではなく、当時のヨーロッパの世界観からして仕方がないと思います。
(素人の感想なので歴史認識が間違っているかもしれませんが)

なんにせよこの絵は好きです。

みたいなところに思いを馳せつつ、旅行前にGeminiで予習したこの時代のパリの画家たちの年表まとめを置いておきます。

▼引用開始


年表

年代 世界情勢・社会 マネ / モネ / ドガ セザンヌ / ルソー ピカソ / ギヨーム / 藤田 ジャポニスム
1860s 1867:パリ万博 第2帝政の黄金期。 マネ:『草上の昼食』で炎上。 ルソー:パリへ。税関吏の職を得る。 - 万博で浮世絵が欧州を震撼させる。
1870s 1870:普仏戦争 1871:パリ・コミューン。 戦争を避け、モネはロンドンへ。友人バジールは戦死。 セザンヌ:徴兵を逃れプロヴァンスで制作。 - 画家たちが競って浮世絵を収集し始める。
1880s ベル・エポック(良き時代)の始まり。 マネ没(1883)。 モネ、ジヴェルニーへ。 ルソー:アンデパンダン展に初出品。 - ゴッホがパリに来て日本の影響を強く受ける。
1890s 1894:ドレフュス事件(仏社会の分断)。 ドガがドレフュス事件で反ユダヤの立場をとり、友人を失う。 セザンヌ:ヴォラールによる初個展で「再発見」される。 - 浮世絵が芸術として完全に定着する。
1900s 1900:パリ万博 地下鉄開通。 モネ:『睡蓮』の連作に没頭。 セザンヌ没(1906)。 ルソー:ピカソらと交流。 ピカソ:パリへ。1908年に「ルソーの夜会」★。 -
1910s 1914-18:第1次世界大戦 パリにも爆撃。 モネ:戦火の中で巨大な『睡蓮』を描き続ける。 ルソー没(1910)。 藤田:渡仏。戦争で送金が止まり極貧生活。 ギヨーム:画廊設立。 -
1920s 狂乱の時代(Années Folles) 戦後の好景気。 モネ没(1926)。死後、オランジュリーに『睡蓮』。 - 藤田:大成功し、モンパルナスの王となる。 ギヨーム:飛躍。 -
1930s 1929:世界恐慌 ファシズムの台頭。 - - ピカソ:『ゲルニカ』(1937)。 ギヨーム没(1934)。 -
1940s 1939-45:第2次世界大戦 1940:パリ陥落(ドイツ占領) - - ピカソ:占領下のパリに残る。 藤田:帰国し「戦争画」を執筆。 -

歴史とアートの「交差ポイント」

1. 普仏戦争と「印象派」の誕生

1870年の戦争がなければ、モネがロンドンでターナーの絵に出会い、のちの「印象派」のスタイルを確立することはなかったかもしれません。平和な時代だけがアートを作るのではないことがわかります。

2. モネの『睡蓮』と平和への祈り

オランジュリー美術館の『睡蓮』は、第1次世界大戦の休戦記念日の翌日にモネが国家に寄贈を申し出たものです。「戦火で疲弊した人々の心が休まる場所を」という彼の願いが、あの楕円形の部屋には込められています。

3. 『楽園のカンヴァス』とナチス・ドイツ

1940年代のパリ占領期、多くのユダヤ系コレクターの作品がナチスによって強奪されました。ポール・ギヨームのコレクションも、もし彼がユダヤ系であれば散り散りになっていたかもしれません。オランジュリーに現在展示されているのは、数々の歴史の荒波を奇跡的にくぐり抜けてきた作品たちです。

4. 藤田嗣治の運命

第1次大戦の熱狂でスターになった藤田が、第2次大戦の足音とともに日本へ戻り、そこで戦争画を描くことになる……。この年表の「世界情勢」の列を見ると、彼の数奇な運命もまた時代に翻弄された結果であることが強く感じられます。


▲引用終わり。

普仏戦争は前日に訪れたサクレ・クール寺院建立にかかわった出来事ですね。
ルソーとパリ万博はやはり同じ時代です。

ものすごく当たり前のことを言いますが、同じ空の下で様々な人が繋がりを持ちながら生きていたことが分かります。

それにしてもこの時代・この場所はなんちゅう密度でスターが生まれているのか…

悲願のDEYROLLE

この後はガレットを食べて

悲願のデロール(DEYROLLE)へ!

小学生の頃に福音館書店の「たくさんのふしぎ」という月刊誌を読んでいたのですが、
ある号に出てきたパリのデロールというお店が忘れられなくで34歳まで引きずってしまいました。

たくさんのふしぎ 好奇心の部屋 デロール

200年?ほどの歴史がある、標本のお店です。

ついさっき植民地主義がどうこう言ったのですがそのディズニーシー的価値観のど真ん中を貫く店ですね。汗
子供の頃からの憧れだったので横に置かせていただいて…。

なお学生時代、2013年ごろパリに来た時にもデロールの前までは来たのですが、臨時閉店で入れず。 今回は13年越しのリベンジとなります。今日は開いてるかな?

き、きた~~

隠れ家のような雰囲気もワクワクする要素の1つだったのですが、最近はすっかりポピュラーな存在になったようで店内はわりと人がいます。

店に入る直前は「こんなニッチな商売でどうやってマネタイズしてるんだろうね」「学校とか博物館とか固定客がいるのかな?」「お金あるのかな?」などと話していたのですが、
店に入るなり友人が「前言撤回、けっこう商業化してるわここ」と言い出したのに笑いました。

まあ隠れ家であってほしいというのはこちらのエゴですし、末長く存続してほしいのでポピュラリティを得ているのは何よりです。

とはいえ一般人がここで売っている剥製やら化石やらを気軽に買っていくとも思えないので、実際にお金を落としていくのはやはり教育機関や物好きの富豪などなのでしょう。たぶん。

一階は庭仕事系の道具やワークウェアを売っているDEYROLLEブランドのアパレルショップになっています。

あれ、やはりけっこう儲けてらっしゃる?

お店の公式サイトを見るとジョニデとコラボしてる…
(私からは店内の写真を上げることができませんが、お店の公式Instagramで様子を見ることができるので興味のある人はアカウントを探してみるとよいです)

階段を昇ります。

Cabinet de Curiostites まさに好奇心の部屋!

以降、撮影禁止だったので、文章でなるべく表現してみます。

二階に上がるとまず目に入るのはメスライオンの剥製。

当然ですが本物のライオンの毛皮を使ったものです。よって実物大。
ショーケースに囲われたりなどはなく、床にそのまま置いてあります。
ポージングや表情も今まさに歩き出そうとしているかのようにリアルでした。
ライオンの大きさや形だけではなく歩き方まで実感でき、息をのみます。

という感じでまずは ライオンやキツネ・孔雀などの動物の剥製メインの部屋があり、
化石や骨格・鉱物メインの部屋、
図鑑などの書籍を売っている部屋、
虫の標本の部屋、
と奥に続いていきます。

どの部屋もざっと4~5メートル四方といったサイズ感でしょうか。ガラス張りのショーケース、年季の入った木製キャビネットが所狭しと並んでおり、骨格も含めた標本・化石・・・といったものがびっしりと並びます。

「たくさんのふしぎ」に載っていた店内とは少しレイアウトなどが違います(20年ほど前に火災があったそう)。
それでも剥製たちの密度たるや、本と全く遜色ない、というか想像していた以上の物量で迫ってきます。
図鑑の中に入り込んだような密度です。

棚と棚の間や机の下にもキツネやキジが生きているかのようにしれっと潜んでいて、うっかりすると踏みそうです。

よく見ると明らかに観賞用ではないスペースに雑に鹿の角っぽいものが転がっていたり。

古いかつ動物の毛皮が多いので、店内にいるとかなりくしゃみや鼻水が出てきます。


最奥部の虫の部屋は、虫の苦手な人にはショッキングかもしれません。

自ら来ておいて何ですが、私も虫はだいぶ苦手な方です。
この部屋にはテーブルの上に甲虫・蝶などの標本箱が置かれています。ここまでは大丈夫でした。

部屋の隅には針山のような何かがあり、近づいてみると毛むくじゃらのタランチュラびっしり標本用の針が刺さっていました。
巨大タランチュラがもう恐怖ですし、針が刺さりまくっている様子も集合体恐怖症的なゾワゾワを感じさせ、しっかり見ることはできませんでした。
(虫が苦手なので、他の標本箱も凝視するのはちょっと厳しい)
虫の部屋が最奥部にあるのは苦手な人に配慮してのレイアウトなのかもしれません。

標本箱のおかれているテーブルはよく見ると高さ7~8cmほどの引き出しが多数並んだキャビネットであり、
そっと引き出しを開けてみるとその中にも標本箱が入っていることがわかりました。

1キャビネットあたり4列×6~7列×左右2か所、キャビネットが2~3台あったような気がするので、
虫だけで100箱は超える標本箱があることがわかります。
100箱分の虫たちに囲まれていると思うとさらにゾワゾワが・・・

ということでこの部屋はささっと退散しました。

「たくさんのふしぎ」の中で出てきた印象的なグッズにガラス製の「剥製の目」があります。

もちろん私に剥製を作る予定なぞないのですが、ここでしか買えないおみやげということでわざわざ店員さんに コレないか?と本を出して訊いたら、この本に載ってるほどniceなブツじゃないけど一応在庫あるよ、とのこと。
あるんだ…

2階のキャビネットの引き出し(まさにこの本の写真のような!)から、いくつか見繕ってくれました。

① 普通の目  つぶらです

②赤 肉食獣用…?

③羊・ヤギ用の目

羊類の目にある横の線(?)が再現されています。

この目、さすがに需要がなく在庫が動かないからなのか、おまけしてくれてたぶん全部で3ユーロくらいで売ってくれたと思います。

あとは普通にトートバッグを買いました。

小さい化石や骨格標本くらいなら頑張れば買えないこともなかったですが、さすがに持ち帰るのが厳しく、せめてものお布施としてお金を落とさせていただいた次第です。

という小学生時代の私が成仏したホクホクな状態でこの日のパリ観光は終えました。 明日はルーヴルに行きます。

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2026年フランス旅行② 5月1日 メーデーだけどパリ観光

あらすじ

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フランス・パリに着きました。

この日が実質の観光初日。パリ観光に出かけます。

メーデーだと主要な美術館は閉まっているので、それでも行けるところを探した結果

  • モンマルトル
  • 凱旋門
  • ノートルダム大聖堂
  • (遠目で)エッフェル塔を見る

となりました。

自分でいうのも何ですが、超王道しか巡ってないので特に新鮮みのないド平凡記事となっております。

モンマルトルへ

そもそもフランスを選んだきっかけに映画「パリに咲くエトワール」を観た、というのもあったのでまずはモンマルトル(Montmartre)へ。劇中何度か登場しますね。

(パリエトは普通に良かったもののめちゃくちゃハマった!という感じではないです。でもパリへの憧憬や当時の文化をものすごく感じさせてくれる映画でした。※なお観光に付き合ってくれている友人はパリエトはミリしら状態)

パリの地下鉄。METROという看板が街中にあるのですぐ見つかります。 駅ごとにホームのデザインがちょっとずつ異なります。

日本でいうSuica、"Navigo"をTopUpして乗ります。JRのように乗車距離による従量課金ではないので〇円チャージする、ではなく〇回分の乗車切符をチャージする、という感覚です。駅の券売機で行います。

地下鉄アベス駅で降りると、やたら長いらせん階段を出口まで登った後にさらに登ります。(丘なのでそりゃそう)荷物が多かったりすると絶望しそうです。

メーデーで主だった観光地が営業していないということもあり、この日はすごい人出でした。

パリエトになんかこんな感じの階段よく出てきたよね?というおぼろげな記憶でついパシャった場所。

この広場も長刀演武のシーンで出てきたよね?!というおぼろげな(略)

水彩画などをその場で描いてその場で売ってるのもパリエトで見た、気がする

というのもモンマルトルはピカソも暮らしたベルエポックの聖地。先日「楽園のカンヴァス」を読んだこともありパリの芸術家には興味がわいていたところでした。

ということでピカソやルソーにゆかりのある住宅、「洗濯船」へ。モンマルトルの下の方にあります。

ピカソが住み、「アビニヨンの娘たち」を描き上げた場所とのこと。モディリアーニ、ローランサンなども集まったということなのでパリのアベンジャーズ基地といって過言ではない・・・

先述の「楽園のカンヴァス」では、ピカソがルソーをほかの芸術家たちの前で称える「ルソーの夜会」の場面で登場します。

日本にもトキワ荘があるし、才能のある若いアーティストは物理的に集まりがちなのでしょうか。たしかに都会の下宿を同じ志の人とシェアして安く住もう、というモチベーションは洋の東西を問わずある気がしますね。

この「洗濯船」自体は中に入れるわけでもなく観光的にはどうってことないのですが、エコール・ド・パリの好きな人が聖地巡礼として行くのはいいと思います。

頂上まで登るとなんかいい感じの景色を見れます。

この下にはジョンウィックが転がり落ちまくりそうな階段があります。 というかジョンウィックが転がり落ちそうな階段だらけでした。丘なので・・・

別サイドの斜面から。これはまさにパリを北から南へ一望する方角。

これを眺めながら話す友人いわく、パリの地図でよく見る丸い輪郭は東京でいう環八とか環七的な環状道路で、だいたい東京の山手線くらいの面積を囲んでいるのだそう。

東京っぽい東京ってここまでだよね~的な東京人の感覚に近い、いわゆる「パリ」ってこの内側までだよね~的な感覚なのかしら。 地図ぱっと見では正式なパリ市の境界線とだいたい一致しているように見えます。

23区と「いわゆる東京っぽい東京」は必ずしも一致しないですが、パリではその境界のズレは小さいのかもしれないです。

なおMicrosoftなど大企業のオフィスのような近代的なビルはだいたい環状道路のすぐ外にあります。 内側は石造りの古い建物を壊せないので、新しい建物を作ろうとするとだいたいそうなるのだそう。

丘の上にはサクレ・クール寺院があります。メーデーでも宗教系の施設はだいたい開いているみたいです。

この後さんざん見るゴシック系建築とは違い、こちらはロマネスク・ビザンチン様式。

丸いドームが印象的です。 先日イスタンブールで見たアヤソフィアのような、東の建築と通じるものがありますね。(サクレクールはもちろん純然たるキリスト教建築)

この後見るゴシック建築と比べるとなんとシンプルなのか…

内部は撮影不可でしたが、着物を着た日本人らしき女性やネイティブアメリカンのような人など、おそらくキリスト教のもとの世界平和を願っているのかな?というような絵があったのが印象的でした。

「1870年の普仏戦争での敗北や、その後のパリ・コミューンによる混乱を背景に、フランスの「悔い改め」と「希望」の象徴として建設が始まったという精神的な意味合いも強く持っています。」 by Gemini

とのことなので、比較的最近作られた寺院なんですね。 そのころだとたしかにジャポニズムやパリ万博などで、ヨーロッパ以外への関心もあったのだろうなという気はします。

モンマルトルを下ってランチを探します。

パリ、こういうテラスカフェレストランが死ぬほどあります。(そしてみんなテラスに座りたさすぎがち)

最終的に入ったお店で出てきたもの。

この写真の手前は単に ”Goat Cheese” というメニュー名で、カプレーゼ的なのを想像してたらまさかの揚げられたものが出てきたのでたいへん重かった。ていうかシンプルに量が多いですね。全てにマッシュポテトもしくは揚げられたポテトがついてくる。

見ての通りだいたい2皿(前菜1+メイン1 or メイン1+デザート1)が基本で、ランチだと20ユーロ前後が相場です。 円安のご時世なので1ユーロだいたい200円換算、つまりこれで4000円です。うん・・・ 水はTap Waterなどと頼めば無料でくれるのでそれは救いか。

外食はフランス人にとってもそれなりにハレの場だそうで、彼らにとっても日常的な価格ではないのかもしれません。農業大国ということもあり、生鮮食品は安いのだそう。 あと、日本の飲食店に比べて店員が多い気がする・・・と後日登場する夫が言っていましたが、人件費もそれなりにするのかも。

なお、味はどこ入ってもだいたい旨いです。さすがですね。

旅行中の食事は(量が多くて)常に胃がヒィヒィ言っていたので、少なめ・安めのメニューがあるとうれしい、が、「おまえこれしか食べんのか?」みたいな顔をよく店員さんにされるのでヨーロッパ人はキャパが違うのであろう…

凱旋門

パリ自体は来たことがあるのですが、当時スルーしていた凱旋門に改めて。

やっぱり、チラッと見えただけでPARISに来ましたわ~という感慨がありますね。

せっかくなので近づきます。

感想:アホのデカさ

ヨーロッパ圏の建築って宗教系にせよ政治系にせよ、デカさ(と豪華さ)でマウントを取りたいという気持ちが強すぎませんか???

これは特に「凱旋門」という名前からしてイキり・ドヤの精神がすごい。 しかも、このデカさによる軍事的機能とか特にないですよね。ただただ威勢がいい。 いやあ、アホっぽいなあ~!(褒めてる)

たしかナポレオン三世(あのナポレオンの甥)が造ったって話だと記憶していますが、さすが奴らの家系って感じですね。しらんけど。

この後もまあデカい建築をたくさん見ていくのですが、マウントというか演出の一環としてデカさを追い求めるヨーロッパ的(?)執念にオモシロと感動を感じっぱなしでした。

いや、精神的フランスの象徴、みたいな役割は知ってはいますがつい茶化してしまいます。スミマセン

凱旋門の上には昇らず(やっていなかった?)、そのままシャンゼリゼ通りへ。

こちらにもデカさ至上主義なルイ・ヴィトン本店(?)があり笑ってしまいました。

なんだろう、もうちょっとこうハイブラとしての繊細さとか品とかないんか。 デカさへの狂信を感じます。

(※ルイヴィトンの店舗ではなくホテルだそう。ルイヴィトンのホテルって何?)

パリ・ノートルダム大聖堂(未遂)

その後ノートルダム大聖堂を見に行きました。

並び列があまりに長く、中に入るのは断念。

で、外からボケっとファサードを眺めていたのですが

あまりのゴテゴテさに笑ってしまいました。マスキングテープのように聖人を並べるな。

学生時代に見に来たときは普通に感動していたのですが、今見るとこの度を越した密集度に笑ってしまう…。

ゴシックとは元々「野蛮」という意味の込められた蔑称だったらしいですが、古代ギリシャ・ローマ美術みたいなものを美としていた世界観の中でこれが登場したらまあたしかに面食らうかもしれません。 野蛮とまでは感じないけれども「洗練」って感じではないかもなあ… なんなら厨二っぽい。

という目で見てみると、

鋲とか棘とか付けないと死ぬパンクバンドの人っぽくも見えます。

「ゴスロリ」的文脈でゴシックという言葉が使われるのにも納得できます。

こうも絨毛のように凹凸が激しいと、表面積が増えまくってメンテナンスもたいへんそうです。

※ゴシック建築の代表的な特徴である梁やフライングバットレスなどは後日ちゃんと(でもないが)見ます

話は逸れますが、フランスってパリに限らずこういうカルーセルがよく置いてありますね。少しレトロで、ギレルモ・デル・トロ監督作品の世界観ぽいです。乗ったら異世界に行きそう…

エッフェル塔(シャン・ド・マルス公園)

友人一家にお子さんがいるので、ピクニックしようぜということでシャン・ド・マルス公園へ。Champ de Marsなので火星・軍神を意味するマーズ・マルスの公園って感じですかね。ChampはField的な意味だそう。

なるほど、芝公園のパリ版だと理解しました。 絵画のようにきれいにエッフェル塔を眺められます。

整然とした木や芝の刈られ方がフランス式庭園のセンスですね。

日本の都会の公園と同じく、芝生エリアは地元民の憩いの場になっています。

友人が育児ラッシュなので、こういう場所のありがたみがわかるようになってきた30代中盤です。

友人夫妻+赤ちゃんとキャッキャできて楽しかったです。

夕飯・エスカルゴなど

夕食は友人宅近くのレストランへ。ランチと違いアラカルト前提のようです。 観光客はほぼいない閑静な住宅街エリアですが、EngilishMenuはデフォルトで用意されていました。移民もたくさんいるので基本グローバルなのかな。実際、店員さんはラテンっぽい人や母語がフランス語ではないんだろうな、という人が多いです。

注文したのは

  • 「ビーフのタルタル」(写真ではバケットの影で見えず)
  • 「エビとアボカドのプレス」(手前)
  • 「エスカルゴ」(奥)

こちらのバケットはデフォルトでおいしいし、この店のエスカルゴのソースの旨さは忘れられないです。 バター(乳製品)が基本的に美味しいのだと思います。スーパーやデパートに行ってもFromage(チーズ)のコーナーが異常に広いし、彼らにとって大事な食品なんでしょうね。日本人でいう大豆製品みたいな…?

ビーフのタルタルはまあ、ほぼユッケ。

エビアボカドもうまい。

と満足したところでこの日は終了。

21時まで日が出ているので意識的に寝ないと体内時計が詰みます。就寝。

2026年フランス旅行① 4月30日Tokyo → Paris JALビジネスクラス乗ってみた

フランスにいくよ

いろいろと人生計画に思うところあり、34歳の今年を遊び納めとしましてGWにフランス旅行を決行しました。

他にもいろいろ行きたい国はあったのですが、中東行き・中東経由はこのご時世ハイリスクなのと、パリに友人が留学していることもありフランスに。
海外旅行自体ややリスキーかつハイコストかなとも思いましたが、行けるうちに行かねばということで。

フライトを探してみたところ、中東情勢を反映してなんとEmiratesが往復16万円というお安さ。
JALだと羽田→パリの直通便が約30万円で、当然中東経由より高いのですが欠航や最悪何かに巻き込まれるなどのリスクを鑑みてJALにしました。

ちなみに直通便、ロシア上空も通れず中東上空も通らないので北極圏の上空を飛び、14~15時間のフライトになります。

ビジネスクラス ワンチャン

コツコツ貯めてきたJALマイルに力を発揮してもらおうとビジネスクラスへのアップグレードにチャレンジ。
同じことを考えている人はやはりたくさんいるのでキャンセル待ちのキューに入るわけですが、出発数日前に「確保したよ」の連絡が!たしか出発の1週間くらい前だったでしょうか。

実は別件で4月に香港に行く機会があったこともあり「海外発券(ストップオーバー)」なるものを行いまして、そのために優先順位が高かったのかもしれません。3万マイルくらい使ったかな?(詳しくは調べてね)

もちろんビジネスクラスなんて人生初です。普通に買えば倍ほどの値段になります。それがエコノミーからの追加料金ゼロ・・・こりゃあラッキー!

たぶん海外発券したからこそのラッキーなので、今後こんな長距離路線でビジネスに乗れることなんてないでしょう。

ビジネスクラスの様子

座席に乗ってからの様子を挙げていきます。

靴しまえる(しまい方はいまいちわからなかった)

完全に扉閉められる

なんかいろいろアメニティある

ウェルカムドリンクが出てくる

CAさんがご挨拶に来てくれる

クローゼットある フルフラットにできる(フルフラット版の写真は撮り忘れた)

ワインうめぇ

ごはんうめぇ

WiFi使える

この上にファーストクラスもあるようだけどもうこの上なんて要らないのでは?!

と思いましたが、降り際にちらっとファーストクラスの座席を見てみたところ、席じゃなくて部屋じゃん…という感じでした。 個人的にはビジネスクラスの快適度でカンストしてる感があったのでやはり不要かな ※乗れない

CDG到着~入国審査

シャルルドゴール空港到着。 ターミナルがいくつか分かれており、Buggage受け取りの案内板に従って隣のターミナルに進みます。空港内の電車?みたいなのに乗りました。 Buggage の前に Passport Control なんじゃないの??と思ってやや戸惑いましたが Buggage の案内に従っていくとPassport Controlが現れるので大丈夫です。

EESなる制度の導入が2026年4月ごろから始まり、その影響で入国審査列で数時間かかる、という情報を見ました。 ということでビビりながら並んだのですが、10分待ちくらいでサクッと完了しました。指紋を取られると聞いたけど取られなったです。 列が短かったのはビジネス特権で早く降機できたからなのか空いてる時間帯だったからなのかはよくわかりません。

EES導入当時にオペレーションに大混乱が生じて指紋取得が省略されたこともあるらしいので、まだその辺の運用を模索中なのかもしれません。 そういう現場運用的なものは日本の方がしっかりしている感。

友人宅へ

MBA留学でパリに住んでいる友人家族に、車で空港に迎えにきてもらいました。 (泊めてもらう上にこの後ごはんも振舞ってくれて至れり尽くせり。)

初めてパリで車に乗りましたが右側通行、慣れません。なおシャルルドゴール空港~パリは19時ごろの道路が帰宅ラッシュだったのかかなり混んでいました。

この日は友人宅に到着後、ご飯食べて就寝。


今回の旅行について

10日間も休みが取れたので、今回の旅行はパリだけでなく他2地方も回ります。

  • パリ 4日間
  • ストラスブール 2日間
  • エクス・アン・プロヴァンス 3日間
  • からのTGV(フランス版新幹線)でシャルルドゴール空港直行・帰国

TGVは日本にいるうちに予約済。 TGVも初めてなのでやや緊張です。

ということで次の記事以降、まずはパリの日記になります。

ursidae.hateblo.jp